はじめに
近年、クリニックを含む中小規模医療機関でも「同一労働同一賃金」の原則が強く求められるようになりました。パート・時短スタッフを多く雇用する医療現場では、常勤職員との待遇差が問題視されやすく、制度の見直しを怠るとトラブルにつながることもあります。法律対応のためだけでなく、職員全体の納得感を高め、離職を防ぐためにも、公平な評価制度の設計は欠かせません。本記事では、クリニックにおける「同一労働同一賃金」対応の評価制度について、実務的な視点から解説します。
同一労働同一賃金の基本概念
目的と背景
同一労働同一賃金とは、雇用形態にかかわらず「仕事内容や責任が同じであれば、同等の待遇を行うべき」という考え方を指します。非正規労働者と正社員の待遇格差が社会問題化したことを背景に、働き方改革関連法の中で明確化されました。医療業界においても、正社員とパートの業務内容や責任範囲を整理し、合理的な待遇差を説明できる体制を整えることが求められています。
法的根拠と適用範囲
法的根拠は「パートタイム・有期雇用労働法(短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律)」にあり、すべての事業所に適用されます。規模を問わず、個人経営のクリニックも例外ではありません。賃金だけでなく、賞与、昇給、手当、教育訓練の機会など、待遇全般が対象となります。院長や管理者は「なぜこの差があるのか」を説明できる資料を用意しておくことが重要です。
正社員との待遇差が問題となるケース
同一労働同一賃金の観点で特に問題となるのは、同じ業務をしているのに給与や賞与が大きく異なる場合です。例えば、受付業務を常勤・非常勤の双方が担当しているにもかかわらず、常勤だけが賞与支給対象になっているケースでは、不合理な差と見なされる可能性があります。業務や責任の実態を丁寧に洗い出すことが最初の一歩です。
クリニックにおける同一労働同一賃金の適用範囲
医師・看護師・医療事務・受付それぞれの該当性
医師や看護師は国家資格に基づく専門職であり、業務内容や責任の差が明確に存在する場合が多いです。一方で、医療事務や受付は常勤とパートの業務範囲が重なりやすく、待遇差の合理性を示す根拠が求められます。評価制度上、職務分担を文書化しておくと判断しやすくなります。
雇用形態別の留意点(常勤・非常勤・パート・時短)
雇用形態によって勤務時間や責任範囲が異なるため、単純比較はできません。常勤職員は広範な業務やリーダーシップが求められる一方、パートは時間を限定して補助的な業務を行うケースが多いです。評価制度では、勤務形態ごとに求める水準を明確にし、不当な優劣をつけない仕組みが必要です。
勤務時間や責任範囲による実質的な業務差の整理
同一労働同一賃金では「形式」ではなく「実質」で判断されます。勤務時間が短くても、責任の重い業務を任せている場合は、賃金面で配慮が必要です。業務マニュアルを作成し、担当範囲を明文化しておくと、評価・賃金の整合が取りやすくなります。
不合理な待遇差の判断基準
業務内容・責任範囲・配置変更範囲
厚生労働省の指針では、待遇差の合理性を判断する基準として「業務内容」「責任の程度」「配置変更の有無」が挙げられています。クリニックでは、部署異動の機会が少ないため、業務や責任の明確化が特に重要です。業務分析を行い、評価制度の基礎とすることがポイントです。
職務内容の同一性をどう判断するか
単に「受付業務」といっても、会計入力、予約管理、電話応対など細分化すると担当範囲が異なる場合があります。実務内容を具体的に洗い出し、共通点と差異を整理することで、評価や処遇の根拠を明確にできます。
通勤手当・賞与・昇給など待遇項目別の考え方
同一労働同一賃金では、通勤手当や食事補助なども対象となります。賞与支給や昇給の際は、勤務時間の長さだけでなく、成果や貢献度に基づいた支給ルールを設けることが求められます。待遇差がある場合は、合理的な説明文書を作成しておくと安心です。
公平性を担保する評価制度の設計ステップ
職務分析による評価区分の明確化
まず、クリニック内の職種ごとに業務内容を洗い出します。業務を「基本業務」「補助業務」「管理業務」に区分し、どの職員がどの範囲を担当しているのかを明確化します。これが評価制度設計の基礎となります。
能力・成果・行動の評価軸の設定
評価基準を「能力(知識・スキル)」「成果(結果)」「行動(プロセス)」の3軸で設定すると、勤務時間の長短に関係なく公平な評価が可能になります。パートや時短職員でも、勤務時間内で発揮された成果を評価できるようにしておくことが重要です。
雇用区分別の評価基準を統一するポイント
評価項目そのものは全員共通とし、求める水準に差を設ける方法が現実的です。同じ評価項目を用いることで「評価の透明性」が確保され、職員の納得感が高まります。
パート・時短スタッフの評価設計
勤務時間ではなく成果・役割で評価する仕組み
評価の基準を「時間」ではなく「成果」と「役割の遂行度」に置くことが重要です。短時間勤務でも業務改善やチーム貢献を積極的に行っている職員は高く評価すべきです。勤務時間が短いことを理由に評価を下げるのは不合理とされる可能性があります。
担当業務の範囲に応じた評価配分の考え方
業務範囲が狭い職員には、達成度や正確性などの質的評価を重視するのが有効です。広範囲を担当する常勤職員には、マネジメントや教育面の要素を加えることで、責任の違いを評価に反映できます。
就業時間短縮による不利益を避ける工夫
育児や介護を理由に時短勤務を選ぶ職員も増えています。勤務時間の短縮を理由に昇給・昇格の機会を制限すると、差別と見なされるリスクがあります。人事制度上、時短勤務でも一定の評価を得られる仕組みを整えることが必要です。
賃金・賞与への反映方法
評価結果をどう賃金に反映させるか
評価結果を給与に反映する場合は、明確な算定ルールを設けることが欠かせません。「評価ランク×職務係数×勤務時間」といった数式化を行うことで、客観的な処遇が可能になります。
時短勤務・パートにおける賞与計算の工夫
賞与は、勤務時間に比例させるだけでなく、貢献度を加味するのが望ましいです。例えば、勤務時間は短くても患者対応力が高いスタッフに一定の加算を行うなど、成果と行動を反映させる仕組みを構築します。
評価と昇給ルールの整合性を取る方法
昇給を「評価結果に基づく基本給調整」と位置づけ、勤務形態にかかわらず一貫性を持たせることが重要です。昇給率の根拠を明確にし、評価と処遇の連動を職員に説明できるようにしておくと信頼を得られます。
運用時に発生しやすい課題と対策
評価者の主観・感情を排除する仕組み
小規模な職場では、評価者と被評価者の距離が近く、感情が入りやすい傾向があります。複数評価者制を導入する、または第三者が確認する仕組みを設けることで、客観性を確保できます。
評価基準の理解不足による不満対応
職員に評価基準を共有しないまま運用すると、不満や誤解が生じやすくなります。評価開始前にオリエンテーションを行い、基準の意味と目的を全員に理解させることが重要です。
定期的な見直しと説明責任の重要性
制度を導入した後も、定期的な見直しを行い、現場との乖離を修正することが大切です。特に法改正や診療報酬の変動がある場合は、制度の見直しが必要です。
法令対応とリスクマネジメント
厚生労働省ガイドラインの確認ポイント
厚労省の「不合理な待遇差解消ガイドライン」には、賃金、賞与、手当、教育訓練の取り扱いなどが詳細に記載されています。これを参考に制度を設計すれば、法令違反のリスクを大幅に低減できます。
労働契約書・就業規則との整合性
評価制度や賃金制度は、労働契約書や就業規則に明記されていなければ効力が限定されます。制度変更時には文書を改訂し、全職員に説明して同意を得ることが欠かせません。
トラブル防止のための文書整備と説明手順
制度設計の段階で、評価基準・賃金算定表・等級定義を文書化しておくと、後のトラブルを防げます。説明責任を果たすことが、クリニック経営の信頼性向上にもつながります。
スタッフの納得感を高める運用方法
評価面談とフィードバックの実施方法
評価結果を伝える際は、面談を通じて本人の意見を聞くことが効果的です。数値評価だけでなく、行動の良い点や改善点を具体的に伝えることで、次の成長につなげられます。
公平感を高めるコミュニケーション
評価制度の運用には「説明の一貫性」が欠かせません。評価者が同じ基準で話すことで、スタッフは制度に対する信頼を持ちやすくなります。
成長支援型の評価運用に転換する考え方
評価を「査定の道具」ではなく「成長支援の仕組み」と位置づけることで、職員の意欲を高められます。公正な評価は、職員の離職防止やクリニックのブランド力向上にもつながります。
まとめ
クリニックにおける同一労働同一賃金対応は、単なる法令遵守にとどまらず、働きやすい職場を実現する重要な要素です。パートや時短スタッフを含むすべての職員が「公平に評価されている」と感じる環境を整えることで、モチベーションと定着率の向上が期待できます。業務の違いを明確化し、評価制度・賃金制度の整合を取ることが、これからのクリニック経営に求められる基本姿勢といえるでしょう。
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投稿者プロフィール

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柏谷横浜社労士事務所の代表、柏谷英之です。
令和3年4月からすべての企業に「同一労働同一賃金」が適用されました。
「同一労働同一賃金」に対応するため、もし正社員と非正規雇用労働者(契約社員、パート社員等)の間に不合理な待遇差があるなら是正しなくてはいけません。
また少子高齢化を背景に、働き方の転換のための「働き方改革」が推進されています。
残業時間の上限規制(長時間労働の是正)、有給休暇の取得義務化、令和4年に続き令和7年4月と10月の育児介護休業法改正など、法律はめまぐるしく変わっています。
「ブラック企業」という言葉が広く浸透し、労働条件が悪いと受け取られる企業は採用にも苦労しています。
法律に適した労務管理で、働きやすい職場環境を整え、従業員の定着や生産性の向上など、企業の末永い発展をサポートします。お困り事やお悩み事がありましたら、お気軽にご相談ください。
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