はじめに
医療業界では働き方改革関連法の流れを受け、医師の時間外労働に上限規制が導入されました。大病院だけでなく、クリニックにおいても勤務医やスタッフの労働時間管理は重要課題となっています。評価制度と労働時間の整合が取れていないと、制度が形骸化し、不公平感やコンプライアンスリスクを招く恐れがあります。本記事では、法改正による時間外労働上限に対応した評価制度運用の実務ポイントを解説し、クリニック経営に必要な具体的視点を提示します。
法改正で求められる医師の時間外上限管理
医師の時間外労働上限規制の概要
働き方改革関連法により、医師の時間外労働について上限規制が定められました。原則として月45時間・年360時間が上限となり、特例を適用する場合でも年960時間を超えることは認められません。医療現場の特殊性に配慮した例外措置はありますが、無制限に働かせることは認められず、クリニックでも労務管理体制の整備が必要となります。
時間外労働の上限値と適用開始時期
2024年4月から段階的に適用が始まり、全国の医療機関が対象となります。クリニックの勤務医にも適用されるため、従来の慣習に頼った運用を続けると違反リスクを抱えることになります。現場に合わせた勤務シフト設計や、業務効率化の仕組みづくりが求められます。
違反した場合の行政リスクと罰則
時間外労働の上限を超えた場合、労働基準監督署から是正勧告を受ける可能性があります。重大な違反が繰り返されれば罰則の対象となり、経営者としての社会的信用を失うリスクがあります。患者からの信頼に影響する場合もあり、早急な対応が必須です。
クリニックにおける実労働データ管理の重要性
勤怠管理と実労働時間の把握方法
勤怠管理は紙や自己申告だけでは不十分です。打刻システムやアプリを導入し、実労働時間を正確に記録する必要があります。診療前後の準備や片付け、オンコール対応も含めて管理することで、隠れ残業を排除できます。
医師・看護師・事務スタッフごとの労働時間管理の違い
医師は診療時間外の書類作成や研修が多く、看護師はシフト勤務により夜間や休日労働が発生します。事務スタッフは比較的定型業務が多い一方で、レセプト締め時期には残業が集中します。職種ごとの特徴を踏まえた管理方法が必要です。
勤怠データと評価制度の連動の必要性
実労働データを評価制度に反映させることが不可欠です。長時間労働を単純に「頑張り」として評価してしまうと、法改正の趣旨と逆行します。時間の使い方や効率性を含めた視点で評価項目を整備する必要があります。
評価制度と法改正対応の整合性
長時間労働を評価しない仕組みへの転換
これまで残業を「努力の証」とみなす風潮がありましたが、今後は評価基準から外すべきです。労働時間を増やすのではなく、限られた時間で成果を出す力を重視する制度が望まれます。
成果や質を重視する評価基準の設計
患者満足度、診療の正確性、チーム医療への貢献といった成果や質に基づいた評価を導入することで、時間外労働を抑制しつつ適切な評価が可能になります。
勤怠遵守を評価項目に組み込む考え方
定時退勤やシフト遵守といった勤怠ルールの徹底も評価項目に加えることで、労働時間管理の文化を組織全体に浸透させられます。
時間外労働上限と賃金・賞与評価の関係
残業時間を成果指標にしないルール
残業時間を多くこなした職員を高く評価する運用は廃止すべきです。むしろ効率性を高め、残業を減らした職員を評価する方向へ切り替える必要があります。
勤務時間外での研修・学習の扱い
自主研修や学習を奨励する場合でも、労働時間管理の観点からは慎重に扱う必要があります。業務指示として行わせる場合は労働時間に含めるべきです。
賞与算定における労働時間の考慮方法
賞与を算定する際には、労働時間ではなく業績や評価スコアを基準にする方法が適切です。これにより、時間ではなく成果や姿勢を報いる制度が構築できます。
勤務実態に応じた評価項目の具体化
能力評価(知識・技術・専門性)
専門知識の習得度や資格取得、最新医療知識への対応など、能力の成長を測る項目を設定します。これにより、時間外労働に依存せずキャリア形成を評価できます。
業績評価(診療件数・患者満足度)
診療件数や再診率、患者アンケートの満足度といった指標を導入することで、成果を定量的に把握できます。
行動評価(チーム連携・勤怠遵守・安全配慮)
チーム医療への貢献や、勤怠ルールを守る姿勢、医療安全への配慮を評価項目とすることで、組織としての調和や安全文化を高められます。
時短勤務やパートスタッフへの評価制度対応
多様な勤務形態への公平な評価の工夫
短時間勤務やパートスタッフは勤務時間が短いため、業務量で常勤と比較すると不公平が生じやすいです。時間当たりの貢献や業務の質に注目して評価基準を設計することが重要です。
勤務時間差を超えた成果基準の導入
時間ではなく成果を基準にする評価制度を導入すれば、勤務形態にかかわらず公正に評価できます。これにより、柔軟な働き方を選んでも不利益を受けにくくなります。
労働時間短縮者への不利益取扱い防止
子育てや介護を理由に時短勤務を選ぶ職員に対して、不利益が生じないよう制度を整備することが求められます。法的な観点からも配慮が必要です。
制度運用で発生しやすい課題と対策
勤怠データと評価データの乖離
実際の勤怠データと評価結果が乖離すると、不信感を生みます。評価と労働時間の整合性を定期的に検証する仕組みが必要です。
評価者による基準のばらつき
評価者ごとに基準の解釈が異なると、公平性が損なわれます。評価者研修を通じて判断基準を統一する取り組みが欠かせません。
制度形骸化を防ぐ改善サイクル
制度を導入しても、改善を怠れば形骸化します。定期的に運用状況を見直し、現場の声を反映させる仕組みを整えることで、制度は定着します。
評価者研修と職員への周知徹底
評価者の教育と判断基準統一
評価者は制度の趣旨を理解し、具体的にどう評価するかを学ぶ必要があります。研修を通じて基準を共有することが重要です。
職員への説明と理解促進
制度を一方的に押し付けるのではなく、職員に説明し理解を得ることが不可欠です。納得感がなければ制度は機能しません。
制度定着のためのフィードバック体制
制度運用後にフィードバックを受け取る体制を設けることで、改善が進みやすくなります。職員が安心して意見を出せる仕組みが求められます。
まとめ
医師の時間外労働上限規制は、クリニックにおける人事制度に直接的な影響を与えます。長時間労働を評価する仕組みから、効率性や成果を重視する評価制度へ移行することが重要です。勤怠データを正確に管理し、評価項目と整合を取ることで、公平性と法令遵守を両立できます。制度を現場に定着させれば、スタッフの働きやすさが向上し、医療の質や組織の安定につながります。
中小企業の経営者様・クリニックの院長様必見!!
中小企業やクリニックの人事労務・組織づくり・人事評価・採用に役立つ資料を無料でダウンロードできます!日々の業務にお役立てください!
→資料ダウンロードはこちら
投稿者プロフィール

- 
柏谷横浜社労士事務所の代表、柏谷英之です。
 令和3年4月からすべての企業に「同一労働同一賃金」が適用されました。
 「同一労働同一賃金」に対応するため、もし正社員と非正規雇用労働者(契約社員、パート社員等)の間に不合理な待遇差があるなら是正しなくてはいけません。
 また少子高齢化を背景に、働き方の転換のための「働き方改革」が推進されています。
 残業時間の上限規制(長時間労働の是正)、有給休暇の取得義務化、令和4年に続き令和7年4月と10月の育児介護休業法改正など、法律はめまぐるしく変わっています。
 「ブラック企業」という言葉が広く浸透し、労働条件が悪いと受け取られる企業は採用にも苦労しています。
 法律に適した労務管理で、働きやすい職場環境を整え、従業員の定着や生産性の向上など、企業の末永い発展をサポートします。お困り事やお悩み事がありましたら、お気軽にご相談ください。
最新の投稿
 クリニック2025年10月31日法改正・医師の時間外上限等への評価制度対応|実労働データと評価項目の整合を取る クリニック2025年10月31日法改正・医師の時間外上限等への評価制度対応|実労働データと評価項目の整合を取る
 クリニック2025年10月28日忙しい外来でも無理なく続く!クリニックでの「年2回評価」の回し方 クリニック2025年10月28日忙しい外来でも無理なく続く!クリニックでの「年2回評価」の回し方
 労務管理2025年9月25日【2025年版】就業規則で「退職は3ヵ月前までに申し出ること」と定めれば効力はあるのか? 労務管理2025年9月25日【2025年版】就業規則で「退職は3ヵ月前までに申し出ること」と定めれば効力はあるのか?
 労務管理2025年9月13日【2025年版】退職時の有給休暇はどう対応する?取得義務・買取・引継ぎまで完全解説 労務管理2025年9月13日【2025年版】退職時の有給休暇はどう対応する?取得義務・買取・引継ぎまで完全解説

 
	

