ハラスメントの境界線、判断基準の具体例

はじめに
「ハラスメント」という言葉が、ずいぶん浸透してきました。
職場内でもで対お客様とでも、どこでも問題になることが増えてきました。ただ、「どこからがハラスメントなのかよく分からない…」という声もよく聞きます。注意や指導のつもりが、相手にとっては強いストレスになっていた、ということもあるかもしれません。
この記事では、職場で特に問題になりやすいハラスメントの種類や判断基準、グレーゾーンの対応などを整理してみました。人事の方はもちろん、現場の管理職や一般社員の方にとっても、日々の業務での判断の参考になればと思います。
ハラスメントの定義と種類
パワーハラスメント
まずはパワハラから。
いわゆる「上司からの叱責」や「無理な業務命令」がこれにあたることがありますが、ポイントは“業務の適正範囲を超えているかどうか”です。上司からの注意でも、内容や口調が行き過ぎていれば、立派なハラスメントになりえます。
たとえば、大声で怒鳴る、他の人の前で何度も叱る、明らかに不可能な業務量を与える…といったケースがよく問題になります。
セクシュアルハラスメント
セクハラは、職場での性的な言動が問題になるケースです。
冗談のつもりでも、服装や身体の特徴についてコメントする、性的な話題を繰り返す、身体に触れるなどが該当します。出張先や懇親会の場など、職場外でも対象になるので注意が必要です。
ポイントは、「相手が嫌がっているかどうか」。発言する側が「軽いノリだった」と思っていても、受け手が不快であればハラスメントと判断されることがあります。
マタニティハラスメント
マタハラという言葉も最近では定着してきましたね。
これは、妊娠・出産・育児に関連して、従業員が不利益な取り扱いを受けることを指します。たとえば、妊娠を理由に仕事を外される、育休取得を妨げられる、復職後に明らかに評価が下がるなどです。
厚生労働省のガイドラインでも、こうした行為は明確に禁止されています。
その他のハラスメント
最近ではいろいろな「○○ハラ」が問題視されています。
たとえば、
- モラハラ(人格否定や無視)
- アルハラ(お酒の強要)
- ソーハラ(SNSでの監視や詮索)
- SOGIハラ(性的指向や性自認への差別)
などなど。法律の整備が追いついていない分野もありますが、企業としての対応が求められる場面は確実に増えています。
ハラスメントの境界線を決める要素
行為の性質と程度
「これってハラスメント?」と迷うとき、一番大事なのは“何を、どれくらいの頻度・強さでやったのか”という点です。
たとえば、一度だけ軽く注意した場合と、毎日のようにきつく叱っている場合では、相手が感じる負担も大きく違います。
大声で怒鳴る、人格を否定するような言い方を繰り返す、無視する…こういった行為は、内容や回数によってハラスメントと判断される可能性が高くなります。言動の内容や繰り返しの有無を冷静に見直すことが大切です。
被害者の受け止め方
発言する側が「そんなつもりじゃなかった」と思っていても、受け手が不快に感じていれば、それだけで問題になるケースもあります。
たとえば、冗談で言ったつもりの言葉が、相手にとってはずっと心に引っかかっていた…ということはよくあります。
「どこまでがセーフか」は、自分ではなく相手が決めること。相手の反応や表情、普段の様子をよく観察する意識を持つとよいですね。
職場の環境や文化
同じような発言でも、「どんな職場か」「どんな雰囲気か」によって受け止め方は変わります。
たとえば、フラットで和気あいあいとした職場では冗談と受け取られていたことが、上下関係の厳しい職場では「嫌味」ととられることも。
昔は許されていた表現も、今ではハラスメントとされることもあります。時代や職場の文化に応じた配慮が求められます。
行為者の意図
「嫌がらせをしてやろう」と思っていたかどうか。もちろんこれも判断材料の一つにはなります。
でも、実際のところ、ハラスメント認定では“意図の有無”よりも“行動の結果”のほうが重視される傾向にあります。
「善意で注意したつもりだった」「励ますつもりだった」…そういったケースでも、やり方や伝え方次第で相手を傷つけてしまうことがあるということは、頭の片隅に入れておきましょう。
パワーハラスメントの判断基準
業務上の指導との違い
職場では、上司が部下を注意したり指導することは当然あります。でも、その言い方や内容が行き過ぎると、パワハラと受け取られてしまうことも。
判断のポイントは、「業務に必要な指導かどうか」「人格を否定していないか」「合理的な理由があるか」の3つです。
たとえば「期限を守ってください」という注意はOKですが、「お前は使えない」といった言い方はNGです。伝えたい内容が正しくても、伝え方ひとつでハラスメントになる可能性があるのです。
許容される叱責の範囲
厳しい注意や叱責がすべてパワハラになるわけではありません。
- ミスが起きた場面での具体的な指導
- 今後どう改善すべきかを冷静に伝える
こういった対応は「適切な指導」に含まれます。
逆に、
- 皆の前で大声で怒鳴る
- 何度も同じことを長時間繰り返す
- 感情的に怒りをぶつける
こうした行為は“業務の範囲”を超えていると見なされやすくなります。
叱るときは、場所・言葉・時間の使い方に気をつけたいですね。
精神的苦痛の度合い
パワハラかどうかの判断材料として、被害を受けた方の“精神的なダメージ”も重要な視点です。
たとえば、注意されたことで強いストレスを感じて体調を崩してしまったり、出勤ができなくなったりしていれば、ハラスメントの可能性が高まります。
会社側としては、何が起きていたのかを記録として残しておく、面談の内容をメモしておく、といった工夫も大切です。
「気づいたときには関係が悪化していた…」ということにならないよう、日ごろの声かけや小さなサインの見逃しに注意しましょう。
セクシュアルハラスメントの判断基準
身体的接触の程度
セクハラの中でも特に注意が必要なのが、身体への接触です。
たとえば、飲み会の席で肩をたたく、髪をさわる…そんな軽いスキンシップでも、相手が嫌がっていればハラスメントに該当する可能性があります。もちろん、キスを迫ったり、抱きつくような行為は言うまでもなくNGです。
「親しみを込めて」「酔った勢いで」など、理由はいろいろあるかもしれませんが、受け手が不快に感じた時点で問題になることがあります。
言動の性的な含意
身体的な接触がなくても、言葉の内容が問題になるケースも多いです。
たとえば、
- 「色っぽい服装してるね」
- 「〇〇さんって、タイプだな〜」
- 「付き合ってあげようか?」 といった発言。
こうしたセクシャルなニュアンスのある言葉が、相手にとって不快だった場合は、ハラスメントと判断される可能性があります。
冗談のつもり、軽いノリで言っただけ…という気持ちがあっても、受け手がどう感じたかが重要です。
職場内外での影響
セクハラは、オフィスの中だけの話ではありません。
- 出張先のホテルでの不適切な接触
- 社内チャットやSNSでの性的な発言や画像の送信
- 懇親会など職場の延長とされる場面での問題行為
こういったケースもすべて対象になります。
業務時間外であっても、職場の関係性の中で起きたことは「職場内のセクハラ」として扱われます。社内連絡用のLINEやグループチャットでの発言も含まれるので、意識して使いたいところですね。
マタニティハラスメントの判断基準
妊娠・出産に関連する不利益な取り扱い
「マタハラ」という言葉もすっかり浸透しましたが、実際にはまだ誤解や対応の遅れが多いのが現状です。
たとえば、妊娠を理由に業務内容を勝手に変えたり、本人の意向を聞かずに配置転換を行ったりするケース。
「体調を気づかって…」というつもりでも、本人が納得していなければ、それは“押しつけ”の対応になってしまうかもしれません。
厚労省のガイドラインでは、こうした不利益な取り扱いは禁止されています。就業規則や育休制度と合わせて、正しい対応を知っておくことが大切です。
育児休業取得への妨害
「育休を取りたい」と伝えたときに、否定的な態度を取ってしまう。
このような対応も、立派なマタハラになる可能性があります。
たとえば、
- 「忙しい時期だから難しいんじゃない?」
- 「復帰したあと、居場所がないかもよ?」 といった発言や、実際に休業取得を妨げるような言動は要注意です。
企業側には、休業を申し出た従業員が安心して制度を利用できるよう、環境を整える義務があります。制度の説明や手続きのサポートも、しっかり対応したいところです。
復職後の不当な処遇
育児休業を経て職場復帰した後の対応にも、注意が必要です。
- 以前とまったく違う仕事を任される
- 評価が著しく下がる
- 「もう責任ある仕事は任せられない」と言われる
こうした処遇は、復職後のモチベーションやキャリア形成に大きな影響を与えるだけでなく、マタハラと判断される要因にもなります。
復職後も、できるだけ従前の業務に戻れるように配慮したり、本人の希望をきちんと聞いたうえで対応することが大切です。
グレーゾーンの事例と対処法
コミュニケーションスタイルの違い
「悪気はなかったのに、相手に不快に思われていた…」
そんな“グレーゾーン”のハラスメント、実はけっこう多いのです。
たとえば、きつめの口調で指示を出したつもりが、「怒鳴られた」と感じられたり、冗談のつもりで言ったひと言が「馬鹿にされた」と受け取られたり。コミュニケーションのクセや温度差が原因で、思わぬ誤解を生んでしまうことも。
このようなすれ違いを防ぐには、自分の話し方の傾向を自覚し、相手の反応をよく観察する習慣が大切です。
世代間ギャップによる誤解
「昔はこれくらい普通だった」「自分たちはもっと厳しかった」
こうした感覚の違いも、ハラスメントの温床になることがあります。
たとえば、「根性が足りない」「やる気が感じられない」といった言葉が、若い世代には強い否定として受け取られることも。
世代ごとに価値観や受け止め方が違うことを前提に、今の働き方や人材育成に合ったコミュニケーションを心がけることが求められます。
ハラスメント防止のための組織的取り組み
明確な方針とガイドラインの策定
「うちの会社はハラスメントを許しません」
そうは言っても、具体的にどうするのかが曖昧だと、実際には何も変わらないまま…なんてこともあります。
そこで大切なのが、社内での方針を“明文化”すること。
たとえば、ハラスメントに該当する行為の具体例や、発生時の対応方針などを記載したガイドラインを用意することで、従業員全員が共通の基準を持てるようになります。
就業規則に盛り込んだり、朝礼や社内報などで定期的に周知したりすることで、「知らなかった」「そんなつもりじゃなかった」という言い訳も減らすことができます。
従業員教育と研修の実施
制度を整えるだけでなく、実際の行動につなげるには“教育”が欠かせません。
たとえば、
- 管理職向けのケーススタディ研修
- 若手社員向けの基礎知識セミナー
- 外部講師を招いた対話型ワークショップ
こうした場を定期的に設けることで、職場全体の意識を底上げしていくことができます。
一度きりで終わらせず、毎年の人事イベントとセットで繰り返し実施するのがおすすめです。
相談窓口の設置と運用
ハラスメントの芽を早期に摘むためには、「ちょっと困ってる」「なんか気になる」段階で相談できる窓口があることがとても大事です。
- 人事部や総務部に相談窓口を設置する
- 外部の第三者機関と連携する
- 匿名でも相談できる体制を用意する
こうした工夫で、より多くの声が集まりやすくなります。
「相談しても大丈夫」と従業員に感じてもらえるように、相談の秘密保持や相談後のサポート体制についても、事前にしっかり伝えておくと安心ですね。
ハラスメント発生時の対応手順
初期対応の重要性
「ハラスメントかもしれない」と相談や報告があったとき、どう対応するか。
この“最初の一手”で、対応の方向性が決まると言っても過言ではありません。
まず大切なのは、相手の話をしっかり聴くこと。
「それは大変でしたね」「話してくれてありがとうございます」といった受け止めの姿勢があるかどうかで、相談者の安心感は大きく変わります。
この段階では、すぐに結論を出そうとせず、事実関係を丁寧に確認していくことがポイントです。
公平な調査の実施
次に必要なのが、公平で丁寧な調査です。
- 当事者の主張をそれぞれ聞く
- 周囲の関係者からも事実確認をする
- 必要に応じてメールやチャットなどの記録も確認する
こうした調査は、人事や法務といった専門部署が中心となって行うのが理想です。場合によっては、外部の第三者に依頼することも選択肢になります。
「片方の話だけを鵜呑みにしない」「公平な視点で整理する」姿勢が、信頼される対応につながります。
適切な処分と再発防止策
調査の結果、ハラスメントが認められた場合は、就業規則や社内規定に従った処分が必要になります。
- 口頭注意、配置転換、減給、懲戒処分などの対応
- 加害者への研修や反省の機会提供
- 被害者のフォローアップや業務環境の見直し
処分だけで終わらせず、再発を防ぐための“次の一手”まで含めて対応することが、組織の信頼回復には欠かせません。
「何が問題だったのか」「今後どう改善するのか」を関係者全体で共有し、職場づくりにつなげていく視点が大切です。
まとめ
ハラスメントの問題は、誰にとっても無関係ではありません。
「自分はそんなつもりじゃなかった」 「昔はこれくらい普通だった」
そう思っていたとしても、相手が不快に感じていれば、それはもう“ハラスメント”と受け取られてしまう可能性があります。
今回の記事では、代表的なハラスメントの種類や、境界線の考え方、トラブルになりやすいグレーゾーンの事例などについてご紹介しました。
企業側としては、方針の明確化や教育・相談体制の整備など、組織的な仕組みづくりが欠かせません。そして、働く一人ひとりも、自分の言動が相手にどう伝わるかを意識しながら、職場でのコミュニケーションを積み重ねていくことが大切です。
“誰もが安心して働ける職場”は、一朝一夕にはつくれませんが、日々の積み重ねによって確実に近づけていけます。
この記事を読んで「何かひとつでも見直してみよう」と思っていただけたら嬉しいです。
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投稿者プロフィール

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柏谷横浜社労士事務所の代表、柏谷英之です。
令和3年4月から中小企業においても「同一労働同一賃金」が適用されました。これは正社員 と非正規雇用労働者(有期雇用労働者・パートタイム労働者・派遣労働者)の間の不合理な待遇差の解消を目指すものです。これまでのように単にパートだからという理由だけで「交通費や賞与はない」ということは認められません。
これからは「同一労働同一賃金」に対応するため、正社員 と非正規雇用労働者の間の不合理な待遇差を是正しなければいけません。
「働き方改革」が推進され、残業時間の上限規制(長時間労働の是正)、有給休暇の取得義務化など、法律はめまぐるしく変わっています。また「ブラック企業」という言葉が広く浸透し、労働条件が悪いと受け取られる企業は採用にも苦労しています。
法律に適した労務管理で、働きやすい職場環境を整え、従業員の定着や生産性の向上など、企業の末永い発展をサポートします。
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