はじめに
中小企業にとって賞与は、従業員のモチベーション向上や定着に影響する重要な要素です。制度設計や支給の手順を誤ると、思わぬトラブルや追加負担が発生することがあります。特に社会保険や税金の取り扱いは法令で細かく定められており、支給日や金額だけでなく、提出書類や支給回数によって手続き内容が変わります。この記事では、賞与支給に関する基本的な手続き、提出期限、保険料の計算方法、注意すべきケースなどを整理し、経営者、初めての事務担当者が迷わないための実務的なポイントを解説します。
賞与とは何か
法律上の賞与の扱い
賞与は、会社が任意で支給する給与の一部と位置づけられています。毎月支払う給与とは異なり、利益状況や人事制度に応じて支給するため、支給義務がないと考えられがちです。しかし、就業規則や賃金規程に支給基準を明示している場合には、会社がその内容を守る必要があります。「毎年7月と12月に基本給の○か月分を支給する」といった明確な規定がある場合は、法的な拘束力が強まります。
支給義務が発生するケース
就業規則や労働契約書に明確な支給基準が記載されている場合、会社はその内容に従う義務が生じます。支給日・支給額・対象者などが固定されている制度ほど拘束力は強まります。規程に「会社の業績により支給する」と書かれていても、数年間継続して同じ時期に支給してきた場合は慣行とみなされ、従業員が期待権を有すると判断される可能性があります。規程の曖昧さがトラブルの原因となることもあるため、改訂や見直しを検討することが望ましいといえます。
就業規則上の注意点
賞与制度を設計する際は、次の項目を明確にしておくとトラブル防止になります。
- 支給時期(例:年2回、7月と12月)
- 支給額の基準(例:基本給の○か月、査定で決定)
- 在籍要件(例:支給日に在籍している者に限る)
- 評価制度や会社の業績との連動の有無
- 欠勤・休職中の取り扱い
特に「支給日に在籍している者に限る」などの規定がない場合、直近の退職者も支給対象となる可能性があるため注意が必要です。
賞与支給時に必要な手続き
被保険者賞与支払届の提出
賞与を支給した会社は、支給日から5日以内に「被保険者賞与支払届」を年金事務所へ提出します。この届出が行われることで、各従業員の標準賞与額が決定し、社会保険料の計算や将来の年金額の算定に反映されます。提出漏れがあると、従業員の年金額に反映されない事態が起こるため、事務担当者が最も注意すべき届出のひとつです。
電子申請を利用している企業は、給与システムと連携することで漏れのリスクを軽減できます。
提出期限を過ぎるとどうなるか
提出が遅れた場合、指導を受ける場合があります。届出漏れにより従業員の標準賞与額が反映されないと、将来の年金額に差が出る可能性があるため、従業員への影響も無視できません。期限管理と提出ルールの整備が求められます。
被保険者賞与支払届の対象となる賞与
「名称ではなく実態」で判断される
賞与支払届の対象かどうかは、名称より「労働の対価か」「支給回数はいくつか」で判断されます。名称が「決算手当」「特別手当」「大入袋」等であっても、実態が労務の対価とみなされるものであれば賞与として扱われます。
年4回以上支給している場合の扱い
年4回以上支給すると「賞与」ではなく「報酬」に分類され、標準報酬月額に算入されます。7月1日前の1年間に支払われた4回以上の賞与総額を12で割り、算定基礎届の際に報酬へ加算します。この扱いを誤ると、届出漏れや社会保険料の差異が発生するため、支給回数が多い企業は注意が必要です。
賞与と社会保険料の計算方法
標準賞与額の決め方
支給額(税引前総額)から1,000円未満を切り捨てた金額が標準賞与額となります。例えば支給額が243,500円なら標準賞与額は243,000円です。この額に各都道府県の健康保険料率と厚生年金保険料率を掛けたものが保険料になります。
上限額の設定
標準賞与額には上限があります。
- 健康保険:年度累計573万円まで
- 厚生年金:1か月あたり150万円まで(同月内の複数支給は合算)
上限に達している従業員がいる場合、支給額が増えても保険料は変わりません。
労使の負担割合
計算された保険料は会社と従業員で折半します。給与計算時の控除漏れや端数計算のミスが起こらないよう注意が必要です。
所得税の取り扱い
賞与に対する所得税の計算
賞与には所得税が源泉徴収されます。通常の給与と同様に課税対象となり、税額表(賞与に対する源泉徴収税額表)を用いて計算します。扶養人数や社会保険料額により控除額が変わるため、扶養控除申告書の更新状況も確認しましょう。給与システムに依存している場合でも、入力情報に誤りがあれば計算結果も違ってきますので、しっかりと事前確認を行いましょう。
雇用保険の取り扱い
賞与も雇用保険の算定対象
雇用保険料は賞与にも課されます。支給総額に保険料率を掛けて計算し、給与とは別に控除します。年度更新の際に支払った賞与額も含めて申告するため、支給実績を正確に記録しておく必要があります。
賞与不支給の場合の対応
事前に「支給予定月」を年金事務所へ登録している会社は、予定した月に賞与が支給されなかった場合、「賞与不支給報告書」を提出します。提出を忘れると、年金事務所から照会や指導を受けることがあります。支給の有無にかかわらず、手続きが求められる点が誤解されやすいポイントです。
よくあるトラブルと注意点
提出漏れ・期限遅れ
支給後5日以内の提出という締め切りは短く、事務担当者の負荷が大きい時期と重なることもあります。給与支給日や支給月ごとのチェックリストを作ることで漏れを防げます。
名称の誤解
「特別手当だから賞与ではない」と認識しても、実態が賞与であれば届出が必要です。名称だけで判断しない姿勢が求められます。
欠勤控除・休職者の扱い
休職中や産休育休中の従業員への賞与支給をどうするかは、規程で明記しておかないとトラブルが起こりやすい部分です。「満額支給」「勤務実績に応じて減額」「支給しない」など、ルール化しておくと混乱を防げます。
賞与制度を見直すときのポイント
会社の方針に沿った制度づくり
賞与の目的には、成果還元、定着、採用の強化など、様々な意義があります。目的を明確にすると評価方法や支給基準が整理されます。
就業規則の整備
曖昧な文章はトラブルの原因です。
会社としては、
- 「業績に応じて支給」
- 「会社の定める者に支給」
といった抽象的にしておきたいところですが、可能な範囲で要件を明確にしておくと、従業員からの信頼も高まります。
支給回数と財務面のバランス
賞与は固定費ではありませんが、継続支給の実績が積み重なると「期待値」が高まり、支給しないと不満が生まれることがあります。財務状況に応じた制度設計が重要です。
まとめ
賞与の支給は「金額を決めて支払うだけ」のシンプルな業務に見えますが、税金・社会保険・提出書類など、制度面のルールが複雑です。届出漏れや計算ミスは経営者と従業員双方に影響し、年金額にも関わる重要な手続きです。制度の見直しや就業規則の整備、事務フローのチェックを行うことで、安心して運用できる賞与制度を構築できます。
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投稿者プロフィール

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柏谷横浜社労士事務所の代表、柏谷英之です。
令和3年4月からすべての企業に「同一労働同一賃金」が適用されました。
「同一労働同一賃金」に対応するため、もし正社員と非正規雇用労働者(契約社員、パート社員等)の間に不合理な待遇差があるなら是正しなくてはいけません。
また少子高齢化を背景に、働き方の転換のための「働き方改革」が推進されています。
残業時間の上限規制(長時間労働の是正)、有給休暇の取得義務化、令和4年に続き令和7年4月と10月の育児介護休業法改正など、法律はめまぐるしく変わっています。
「ブラック企業」という言葉が広く浸透し、労働条件が悪いと受け取られる企業は採用にも苦労しています。
法律に適した労務管理で、働きやすい職場環境を整え、従業員の定着や生産性の向上など、企業の末永い発展をサポートします。お困り事やお悩み事がありましたら、お気軽にご相談ください。
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